おいらの人生これから、こらから・・持病に負けず、老いにも負けず・・リタイヤ爺の独り言

別れ


奴とは、高校入学初日に、取っ組み合いの喧嘩をして、以来五十余年の付き合いになる、一学期末の試験では八科目の平均点が98点と、二番手の才女に平均点で10点余りの大差をつけ、開校以来の驚異的な成績で学内を沸かせたものだ。

喧嘩するほど仲がいいなんて言葉があるが、奴とおいらはほんと、喧嘩するほど仲良くなった、おいらや友人たちは、あの頃不良と呼ばれた輩とは一線を期し、かといって真面目な勤勉学生でもなく、唯一真剣に学んだのは中国語と科学と経済学、中国語は、四角い卓に四人が一同に会し、やれピンズだとかマンズだとか時にはスーアンコみたいな難しい語句も学び、科学は万有引力の法則から確率計算、果ては経済学と、丸い小さな鉄球をはじきながら学んだものだ。

高校の3年間は、麻雀とパチンコ、それにクラブ活動と空手道場通い、そしてジャズバンドを組んでいたのでアルトサックスを吹くこと、なんかその他の勉強の記憶はない。

奴とおいらは大学には行かなかった、奴は家庭の事情で、おいらは頭の事情で、その後二人は紆余曲折の時代を送り、24才の時にそれぞれ違う分野だがおいらは地元で、奴は北国から遠く離れた名古屋で企業、10年後奴は東証2部上場を目指すまでに会社を膨らませ、おいらはこじんまりと零細企業の社長さんにおさまる。

バブルの絶頂期、奴の所に遊びに行くと、高級クラブでドンペリを水のように浴びる奴の姿に、都会と北海道の片隅で生きる事の違いを見せつけられたような気がした、なんせあの頃の奴の月給が一千万、なんとおいらの5倍だ、頭の出来の違いはこうまで人生を変えるものかと思ったものだ。

25才の時、奴は15歳上で二人の子供を持つ彼女と結婚、その後成人した息子二人を自分の会社に入れ、それでも自分の血を分けた子が欲しいと彼女と別れ、今度は20歳下の今の奥さんと結婚二人の息子をもうけた。

波瀾万丈とは奴のためにある言葉だと思った、ハワイで一週間かけてマグロを釣った話を面白おかしく話してくれたかと思うと、真面目な顔でベトナムに日本語学校を立てたとか、おいらとは次元が違った、そんなおいらには、見ることが出来ない世界を駆け回る奴の姿に憧れたこともあった。

こんな思い出話をすれば切りがない。

3月に珍しく奴からの電話、70歳になったらクラス会をとの話があったが、ちょいと早めて今年できないかと、それならばと、おいら地元のメンバーに声をかけ話をつめていた。

昨日奴の奥さんから電話、彼女の声を聴くのは何年ぶりだろう、「どうした奴は元気か、癌の方はどうだい」。

「夫が朝方亡くなりました」と・・・

スズラン






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中高年よ大志を抱け
クラーク02
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獏(ばく)は、中国から日本へ伝わった伝説の生物。人の悪夢を喰って生きると言われてます。どうぞ悪夢を見た時はここに来て「この夢をばくにあげます」とコメントして下さい、そうすれば貴方は、その悪夢を二度と見ずにすむ事でしょう。

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